日本手術医学会 Japanese Association for Operative Medicine

手指衛生のためのガイドライン


Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings


Recommendations of the Healthcare Infection Control Practices

Advisory Committee and the HICPAC/SHEA/APIC/IDSA

Hand Hygiene Task Force


Prepared by

John M. Boyce, M.D. : Hospital of Saint Raphael New Haven, Connecticut

Didier Pittet, M.D.2 : University of Geneva Geneva, Switzerland


Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR) October 25,2002/ Vol. 51/ No. RR-16


AJIC 2002; 30(8): S1-S46.


Infect Control Hosp Epidemiol 2002; 23(12): S1-S40.



医療現場における手指衛生のためのガイドライン


病院感染対策実施の勧告諮問委員会

および HICPAC/ SHEA/ APIC/ IDSA手指衛生実行組織


NTT西日本東海病院 外科部長 大久保憲 (訳)

関東病院 名誉院長 小林寛伊 (監訳)








第 I 部 用語の定義


擦式消毒用アルコール製剤 alcohol-based hand rub アルコール含有製剤で、手に生存する可能性のある微生物の数を少なくするため、手に塗布するよう考案されたもの。合衆国では、この種の製剤は60%〜95%のエタノールもしくはイソプロパノールを含有するのが通例である。
抗菌性石鹸 antimicrobial soap 消毒薬を含有する石鹸(すなわち、洗浄剤)のこと。
生体消毒薬 antiseptic agent 生体消毒薬は細菌叢の菌数を減らすために皮膚に適用される抗菌性物質。例としては、アルコール、クロルへキシジン、塩素、ヘキサクロロフェン、ヨウ素、クロロキシレノール(PCMX:パラクロロメタキシレノール)、第四級アンモニウム化合物、トリクロサンがあげられる。
手洗い消毒 antiseptic handwash 石鹸や他の消毒薬配合の製剤と流水で手指を洗浄すること。
擦式手指消毒 antiseptic hand rub 手の常在菌数を減らすために擦式手指消毒薬を手指にくまなく擦り込むこと。
蓄積効果 cumulative effect 試験物質を反復塗布することにより、回収される微生物数が次第に減少すること。
手指の汚染除去 decontaminate hands 擦式手指消毒あるいは手洗い消毒を行なうことによって、手の細菌数を減少させること。
洗浄剤 detergent 洗浄剤(すなわち、界面活性剤)は洗浄作用のある化合物である。親水性部分と親油性部分からなり、次の4種類に分類できる:陰イオン系、陽イオン系、両性イオン系、非イオン系洗浄剤である。医療現場で手洗いや衛生学的手洗いに用いられる製剤には様々なタイプの洗浄剤があるが、このガイドラインでは通常それらを「石鹸」とよぶ。
手指消毒 hand antisepsis 手洗い消毒または擦式手指消毒のいずれかを指す。
手指衛生 hand hygiene 手洗い、手洗い消毒、擦式手指消毒、手術時手指消毒のいずれかにあてはまる一般的な用語である。
手洗い handwashing 普通石鹸(非抗菌性)と流水による手洗い。
持続活性 persistent activity 持続活性とは、製品の塗布後、微生物の増殖もしくは生存を予防ないし阻害する持続的または長期的抗菌活性と定義される。この活性は、塗布から数分後ないし数時間後に局所のサンプル採取を行なうことによって、また、基準レベルと比較した場合の細菌の抗菌効果を明らかにすることによって、証明することができる。そのほか、この特性は「残存活性」とも呼ばれる。持続的活性成分と非持続性成分はいずれも、洗浄時に細菌数を実質的に低下させていれば、持続作用を示すことができる。
普通石鹸 plain soap 抗菌性製剤を含まないか、あるいは単に防腐剤程度の効果しかないごく低濃度の抗菌性製剤を含む製剤を普通石鹸とよぶ。
持続性 substantivity 持続性とは角質層に付着(すなわち、すすいだり乾燥したりしても、皮膚に残る)して、皮膚に残る細菌の成長を阻害する効果を発揮するある種の活性成分の特性を指す。
手術時手指消毒 surgical hand antisepsis 手指の一過性細菌叢を除去し、常在菌叢を減少させるために手術スタッフが術前に行う手洗い消毒または擦式手指消毒のこと。消毒薬スクラブ製剤には、しばしば持続抗菌活性がある。
肉眼的に汚染した手指 visibly soiled hands 目で見て汚れているか、あるいは蛋白性生体物質、血液、他の体液(例、便や尿)により目で見て汚染のある手指。
水を必要としない消毒薬 waterless antiseptic agent 水を必要としない消毒薬のこと(訳者注:速乾性擦式消毒薬)。製剤を使用した後は、製剤が乾くまで両手を擦り合わせる。
米国食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)の製品分類 「1994年のFDA医療消毒薬製剤のための暫定的な最終文書」では、製剤を三つの分類に分けた。(19)。
● 患者の術前皮膚準備用製剤 迅速に作用する広域スペクトラムかつ持続的な消毒薬配合製剤で、健常皮膚の微生物数を実質的に少なくするもの。
● 手洗い消毒あるいは医療従事者の手洗い用製剤 頻繁な使用のために考案された消毒薬配合製剤。充分な手洗い、すすぎ、乾燥を行なえば、最初の基準レベルまで健常皮膚の微生物数を少なくするもの。広域スペクトラムかつ迅速に作用し、可能ならば持続性のあるもの。
● 手術時手指スクラブ製剤 消毒薬配合製剤で、健常皮膚の微生物数を実質的に少なくするもの。広域スペクトラムかつ迅速に作用し、持続性のあるもの。


第 II 部 勧 告


カテゴリー

 これらの勧告は医療従事者(HCWs)の手指衛生の実施を改善し、医療現場における患者やHCWsへの病原微生物の伝播をおさえることを目的としている。このガイドラインおよび勧告は食品加工業もしくは食品サービス施設での使用を目的とするものではなく、FDAモデル食品法の定めるガイダンスに取って代ることを意図するものでもない。
 従来のCDC/HICPACガイドラインと同様に、それぞれの勧告は科学的データ、理論的根拠、適用の可能性、経済的影響度に基づいて類別されている。CDC/HICPACの勧告分類システムは次のとおりである。
 カテゴリー IA:よくデザインされた実験的、臨床的、疫学的研究によって強固に支持され、実施を強く勧告する。
 カテゴリー IB:いくつかの実験的、臨床的、疫学的研究、あるいは強固な理論的根拠に基づいており、実施を強く勧告する。
 カテゴリー IC:連邦政府もしくは州の規則や基準の命令に従って実施が求められる。
 カテゴリー II:示唆的な臨床的、疫学的研究、あるいは理論的根拠に基づいており実施を推奨する。
 勧告なし:未解決事項。十分な証拠がないか、あるいは効果に関するコンセンサスがない行為。


勧告
1. 手洗いと手指消毒のための指針

A. 手に目に見える汚れや蛋白性物質による汚染がある場合、あるいは血液や他の体液で目に見える汚染がある場合には、非抗菌性石鹸と流水で、あるいは抗菌性石鹸と流水のいずれかで手を洗う。(IA)
B. 手が目に見えて汚れていなければ、1C〜J項すべての臨床の場において、擦式消毒用アルコール製剤を用いて日常的に手の汚染を除去する。(IA) これに代わる方法として、1C〜J項すべての臨床の場では、抗菌性石鹸と流水を用いて手を洗ってもよい。(IB)
C. 患者と直接接触する前に手の汚染を除去する。(IB)
D. 中心静脈カテーテルを挿入する際には、滅菌手袋を着用する前に、手指の汚染を除去する。(IB)
E. 導尿用カテーテル、末梢血管カテーテル、外科的処置を必要としない他の侵襲的医療器具を挿入する前に、手指の汚染を除去する。(IB)
F. 患者の健常皮膚に接触(例、脈をとったり、血圧を測ったり、患者を持ち上げたりなど)した後は、手指の汚染を除去する。(IB)
G. 体液、分泌物、粘膜、非健常皮膚への接触や創処置の後に、たとえ手が目に見えて汚れていなくとも、手指の汚染を除去する。(IA)
H. 患者ケア中に、身体の汚染部位から清潔部位へ移る場合には手指の汚染を除去する。(II)
I. 患者のすぐ近傍にある物品(医療装置を含む)に接触した後は、手指の汚染を除去する。(II)
J. 手袋を取り外した後は手指の汚染を除去する。(IB)
K. 食事の前やトイレ使用後は、非抗菌性石鹸と流水もしくは抗菌性石鹸と流水で手指を洗う。(IB)
L. 抗菌製剤をしみ込ませた手拭き(すなわち、ウエットティッシュ)は、非抗菌性石鹸と流水を用いる手洗いに代わるものと考えることができる。これはHCWsの手指の細菌数を少なくする上で擦式消毒用アルコール製剤や抗菌性石鹸と流水を用いる手洗いほど有効ではないため、擦式消毒用アルコール製剤や抗菌性石鹸の代用品にはならないからである。(IB)
M. 炭疽菌に対する曝露が疑われたり証明されたりする場合には、非抗菌性石鹸と流水もしくは抗菌性石鹸と流水で手を洗う。そのような場合に手を洗ってすすぐという物理的行為が勧告されるのは、アルコール、クロルヘキシジン、ヨードホール、その他の消毒薬は芽胞に対する活性が乏しいからである。(II)
N. 医療現場で手指衛生を目的としてアルコールを主成分としない擦式剤を日常的に使用することについては勧告されていない。未解決の問題

2. 手指衛生手技
A. 擦式消毒用アルコール製剤で手指の汚染除去をする場合、製剤を片方の掌にとり、手の全表面をくまなく両手で手が乾くまで擦り込む。(IB) 製剤の使用量は製造元の勧告に従う。
B. 石鹸と流水で手を洗う場合、まず水で手を濡らし、メーカーの推奨する量の製品を手に塗り、少なくとも15秒間は、手や指の全表面にいきわたるように両手を強く擦り合わせる。水で手をすすぎ、使い捨てタオルを用いて完全に乾かす。使用したタオルで蛇口を閉める。(IB) 温水に繰り返しさらすと、皮膚炎のリスクが大きくなることがあるので、温水の使用は避ける。(IB)
C. 非抗菌性石鹸と流水で手を洗う場合、液体、固形、リーフレット、粉末タイプの普通石鹸が使用できる。固形石鹸を使用する場合、水はけのよい石鹸箱と小さい固形石鹸を使用しなければならない。(II)
D. 吊るした布製タオルもしくはロール式タオルの汎用は医療現場では推奨できない。(II)


3. 手術時手指消毒
A. 手術時の手指スクラブ(訳者註:ブラシを用いた手洗い)に先立ち、指輪、時計、ブレスレットをはずす。(II)
B. 流水下に爪クリーナを使って指の爪の下からごみを取り除く。(II)
C. 手術実施に際して、滅菌手袋を着用する前に、持続活性のある抗菌性石鹸もしくは擦式消毒用アルコール製剤のいずれかを用いて、手術時手指消毒を行うことが望ましい。(IB)
D. 抗菌性石鹸を用いて手術時手指消毒を行う場合には、メーカーの推奨する時間で手および前腕をスクラブする。通常は2〜6分間である。長時間のスクラブ(たとえば、10分間)は必要ではない。(IB)
E. 持続活性のあるアルコールを主成分とした手術時の手指スクラブ製剤を使用する場合には、メーカーの指示に従う。アルコール溶液を塗布する前に、非抗菌性石鹸であらかじめ手および前腕を洗い、手および前腕を完全に乾かす。擦式消毒用アルコール製剤を推奨どおりに塗布したら、滅菌手袋を着用する前に、手および前腕を完全に乾かす。(IB)


4. 手指衛生薬剤の選択

A. 特に同一勤務帯で何回も使用するような場合には、低刺激性で有効な手指衛生製剤を職員に提供する。(IB) この勧告は臨床領域で患者治療の前後の手指消毒に用いる製品や、手術担当者が手術時の手指消毒に用いる製品に適用される。
B. 検討中の手指衛生製剤の感触、香り、皮膚刺激性について担当者からの情報を収集し、HCWsが手指衛生製剤をより受け入れやすくする。手指衛生製剤のコストを製剤選択の際の一次因子にすべきでない。(IB)
C. 非抗菌性石鹸、抗菌性石鹸、擦式消毒用アルコール製剤を選択する場合、手の洗浄に使用する製品、スキンケア製品、施設内で使用する手袋のタイプとの周知の相互作用に関して、メーカーから情報を求める。(II)
D. 製剤購入の決定をする前に、ディスペンサに十分な機能があり、適量がでるかどうかを確かめるため、複数のメーカーや販売元のディスペンサシステムを評価する。(II)
E. 使いかけのディスペンサ容器に製剤を継ぎ足してはならない。このディスペンサ容器への「継ぎ足し」行為は、製剤の細菌汚染の原因になる。(IA)


5. スキンケア
A. 手指消毒や手洗いに関連した刺激性接触皮膚炎の発生を最小限に抑えるために、HCWsにはハンドローションやクリームを提供する。(IA)
B. その施設で使用している抗菌性石鹸の持続効果にハンドローションやクリーム、またはアルコールを主成分とする手指消毒薬が及ぼす作用について、メーカーに情報を求める。(IB)


6. 手指衛生に関するその他の面

A. ハイリスク患者(例、集中治療室もしくは手術室の患者)と直接接触する場合には、付け爪やエクステンダーをつけてはならない。(IA)
B. 自然爪の先端の長さは1/4インチ未満に保つ。(II)
C. 血液その他の潜在的に感染性のある物質、粘膜、非健常皮膚と接触する可能性のある場合には、手袋を着用する。(IC)
D. 患者ケアの後は手袋をはずす。複数の患者のケアに同じ手袋を着用したり、手袋を洗って異なる患者に使用してはならない。(IB)
E. 患者ケアの際に身体の汚染部位から清潔部位へ移る場合には手袋を交換する。(II)
F. 医療現場での指輪の着用に関しては勧告が行えない。未解決の問題。


7. HCWsの教育的、および動機を与えるプログラム
A. HCWsの手指衛生の実施を向上させる全プログラムの一環として、手指を汚染する可能性のある患者ケア活動の種類や手指を清浄化するのに利用する各種の方法の利点と欠点について職員を教育する。(II)
B. HCWsが推奨される手指衛生の行為を遵守しているかどうかをモニターするとともに、職員に各自の成績に関する情報を提供する。(IA)
C. 患者とその家族には、HCWsが行う手指の汚染除去に気づかせるように促す。(II)


8. 管理的手法
A. 手指衛生の実施の遵守状況を改善することを組織の優先事項にし、管理者の適正な支援と財源を提供する。(IB)
B. 医療職員の手指衛生実施の遵守に関する勧告を改善するように考案された学際的プログラムを実施する。(IB)
C. 手指衛生の実施の遵守状況を改善するための学際的プログラムの一環として、HCWsには使い易い擦式消毒用アルコール製剤を提供する。(IA)
D. 職員の患者ケアの仕事量が多かったり、高度な治療内容が予測されたりする領域で、職員の手指衛生遵守率を改善するために、擦式消毒用アルコール製剤を病室の入口やベッドサイド、その他の便利な場所に設置するか、各HCWsが携帯する個人用のポケットサイズ容器で提供する。(IA)E. 擦式消毒用アルコール製剤の補充品はキャビネット内や可燃物認可区域内に保管する。(IC)