日本手術医学会 Japanese Association for Operative Medicine

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目次

第1章

第2章

第3章

第4章

第5章

第6章

第7章

第8章

第9章

第10章

第11章

第12章




事務局へのお問い合わせ(e-mail)

手術医療の実践ガイドライン 第3章


第3章 麻酔関連業務


西村チエ子


 手術医療の質的向上を推進するには、術前管理、麻酔・手術中の安全管理、術後鎮痛管理などに対して、麻酔科医を中心として看護師、薬剤師、MEなどが連携してあたるチーム医療が重要である。現在、この役割をはたす周術期管理チームの構築が積極的に検討されている。


勧告


T.患者評価


1.手術を安全に実施するために、麻酔科医は周術期患者管理のコーディネータ的役割を

担っている。


(解説)

 手術を受ける患者がいかなる状態にあろうとも、手術は安全に実施されなければならない。それぞれの職種が自分に与えられた業務を確実に遂行することによって、チーム医療は成り立つことになる。手術の全体像を見渡せる立場にある麻酔科医は、多くの職種のコーディネータ的役割を果たすとともに、術者に快適な手術環境を提供することはもちろんのこと、患者の安全を確保するためには時には手術の進行をストップさせることも重要な任務である。



2.患者の全体像は、年齢、性別、身長、体重、体型指数(body mass index ,BMI)から把握し、現病歴・既往歴・家族歴、麻酔との関連がある合併症や疾患の有無、使用薬剤などから患者の背景を把握する。


(解説)

麻酔を管理するにあたって手術患者の安全を確保するためには、まず患者の全体像および背景の把握が必要である。80才を超えるような高齢者では心・肺などの主要臓器の合併症を、一方新生児未熟児では先天性奇形などの合併症を有している場合が多い。またBMI=体重(kg)/身長(m)2(標準値22)が35を超えるような病的肥満患者では、麻酔による循環・呼吸などの急激な変動に対応することが難しく、麻酔管理の難易度を押し上げる一因となっている。そのため、これらの患者の麻酔管理は術前から難渋することが予想される。

また現病歴、既往歴、家族歴等から薬剤・ラテックス・食物などのアレルギーや喘息、

家族性・遺伝性の筋疾患、麻酔との関連がある合併症や疾患の有無、使用薬等を確認する。それらの合併症や素因がある場合には、麻酔薬の影響で患者が重篤な状態におちいる可能性もあるので、患者や家族に対し十分な問診とインフォームドコンセント(IC)を行うことが必要である。使用薬剤1)については、手術前投与を中止すべきもの、薬剤を変更して投与するもの、そのまま続行してよいものなどがあり、専門医・主治医とよく連絡をとることが必要である。

 手術前に使用されている薬剤の対応はいかにすべきか、具体例を以下に示す。これらは一般に行われている標準的な対応の一つであるが絶対的なものではなく、個々の薬剤については施設・担当者の考えによって違った対応がとられることもある。


<術前に投与を中止> 

 種類       作用         薬剤                  中止時期

抗血栓薬      抗血小板       塩酸チクロビシン(パナルジン)    手術7-10日前

                       アスピリン(バイアスピリン)        手術7-10日前

                           イコサペント酸エチル(エパデール) 手術7日前

                       抗凝固          ワーファリンカリウム(ワーファリン)    手術4日前

注1)抗血栓薬の中止後、半減期の短いヘパリンに変更し、手術4-6時間前に中止する。ACTをチェックして手術に臨む。

注2)ワーファリン投与でINR1.8以上の場合は、ビタミンKによる拮抗、FFPの準備が必要。

三環系抗うつ薬 麻酔薬の作用増強          塩酸イミプラミン(イミプラミン)  手術2週間前

MAO阻害薬   交感神経刺激作用増強  サフラジン(サフラ)             手術2週間前


<薬剤の変更>

 糖尿病薬   血糖降下        インスリン       短時間作用性のインスリンへ


<投与を継続>

 降圧薬   β遮断薬、ACE阻害薬、AU受容体拮抗薬など  手術当日まで内服が多い

抗不整脈薬

冠血管拡張薬

気管支拡張薬

抗てんかん薬

抗パーキンソン薬

抗甲状腺薬など



3.現症および検査データの異常値を把握する。


(解説)

現症では、血圧・脈拍・体温等のバイタルサインのチェックが大切である。特に37.5℃

を超えるような発熱時は、代謝が異常に亢進しているため、さらに麻酔・手術侵襲を加えることは避けたほうが望ましい。ただし、緊急手術や原因が手術対象疾患である場合は、そのかぎりではない。

血液検査では貧血、低蛋白血症、電解質異常などがある場合、手術の対象となる原因疾患に起因する異常なのかを見極めなければならない。原因の究明とともに早急な補正が必要か否かの判断が求められる。

心機能の評価にあたっては心電図を基本に、何らかの胸部症状があるかによって判断する。心疾患が指摘された非心臓手術患者では、周術期に心血管系の合併症発症の重度リスク因子を1つでも有する場合は、手術の延期や中止も考慮し治療を優先させるとされている2、3)。循環器専門医の判断を仰ぐことも必要である。一方、いくつかの中等度リスク因子を有する患者では、手術の施行か治療かのどちらが優先されるか、麻酔科医と主治医との判断のもとに手術は決定されることになる。

 呼吸機能は、胸部のX-Pと肺機能検査、臨床症状によって判断する。FEV1.0%が50%を下

回るような閉塞性障害がある場合は、術後の肺合併症の発症は高率となる。また喫煙は術

後の肺合併症を高率に発症させる原因の1つである。できれば1ヶ月間の禁煙を行うべき

である。

腎機能検査では、尿量、K値、BUN、クレアチニン、クレアチニンクリアランスなどの値

を総合して判断する。高度な腎機能低下があるにもかかわらず手術が先行される場合は、術後の透析の可能性があることを患者や家族に説明しておかなければならない。



4.麻酔に関する危険性の基準を総合的に判断して手術を決定する。


(解説)

麻酔に関する危険性の判断材料として、いくつかの基準がある。それらを表に示す。患

者の全体像や背景、血液や機能検査のデータ、さらに手術の危険性の基準を総合的に判断して手術は決定される。術前診察では患者の全体像を確認し、術中に起こりうる事象とそれに対する対応策を立てて手術に望まなければならない。


表1 全身状態physical statusに関するASA分類

(American Society of Anesthesiologists米国麻酔医学会)

PS1 全身的には健康な患者                                                    ソケイヘルニア、乳がんなど

  2 軽度の全身疾患を有する患者                                              貧血、高血圧、糖尿病など

  3 高度の全身疾患があり、日常生活が制限される患者                         高度の閉塞性肺疾患など

   4 生命を脅かすほどの全身疾患があり、日常生活が著しく制限される患者   重症心不全など

   5 手術の施行に関わらず、24時間以内に死亡すると思われる瀕死の患者    動脈瘤破裂など

   6 脳死状態の患者で提供目的で臓器が切除される患者                         十二指腸穿孔など

   緊急手術 E



表2 周術期心血管系合併症のリスク因子2、3)

重度リスク因子

不安定な冠症候群

・不安定狭心症、

・最近の心筋梗塞(発症から7日以上30日以内)

非代償性の心不全

著名な不整脈

・高度房室ブロック

・MobitzU型の房室ブロック

・症候性の心室不整脈、徐脈

・心拍数100bpm以上のコントロール不良の上室性不整脈

・最近の心室性頻拍

重症弁疾患

重症大動脈弁狭窄

・症候性の僧房弁狭窄

中等度リスク因子

虚血性心疾患の既往

代償性の心不全の既往

糖尿病

腎機能障害

軽度リスク因子

高齢

異常心電図(左室肥大、左脚ブロック、ST−T異常)

洞調律以外の調律(心房細動など)

身体機能の低下

脳卒中の既往

コントロールされていない高血圧症




表3  呼吸困難度の分類(Hugh-Jonesの分類)

                                          現症                     麻酔との関連

1度 正常            同年齢の健康者と同様に、歩行、通勤、仕事ができる          問題なし

2度 軽度の息切れ    平地歩行は同年齢の健康者と変わりないが、階段や

                              坂道では息切れする                                     問題なし

3度 中等度の息切れ 平地歩行でも健康人と同じ速さでは歩けない、

                               自分のペースでなら1q以上歩行可能                       問題なし

4度 高度の息切れ    休み休みでも50m程度しか歩行できない                   合併症が起こる可能性大

5度 超高度の息切れ 着替えや会話、ベッド上の動作時にも息切れする                 危険性大



U.麻酔法


麻酔法の決定は絶対的なものではなく、手術の特性と患者の安全を慎重に考慮し、担当の麻酔科医が習熟した方法が最適な麻酔法である。患者の術前評価と手術の特性(術式、手術部位、手術時間など)、術後の疼痛管理などを加味して、全身麻酔、硬膜外・脊髄くも膜下麻酔、ブロック・局所麻酔のいずれかに決定される。


(解説)

全身麻酔は、中枢作用により意識の消失を喪失させ、付随して健忘、無痛、筋弛緩、反射の抑制ももたらす。

 全身麻酔に用いられる吸入麻酔薬には、揮発性麻酔薬(セボフルランやイソフルランなど)とガス麻酔薬(亜酸化窒素)とがあり、GOS(あるいはAir-OS)やGOI(AOI)として用いられる。気化器の濃度によって麻酔深度を調節することが可能で、小児の導入時には高濃度で、麻酔維持には鎮痛薬を併用することによって低濃度で用いられる。

静脈麻酔では鎮静剤と鎮痛薬との併用が用いられる。プロポフォールにレミフェンタニルやフェンタニルとの併用で、筋弛緩薬なしでも不動化がもたらされることから、術中に神経や筋の動きを確認するウエイクアップテストやMEPテストを行う場合には、有用である。それぞれの麻酔の利点・欠点を十分理解して用いなければならない。

硬膜外麻酔は、硬膜外腔に局所麻酔薬や鎮痛薬を注入して分節的に鎮痛を得る麻酔で、患者の意識は保たれる。

頚椎から仙骨まで穿刺やカテーテルの留置が可能であるため、術中の全身麻酔との併用や術後の疼痛管理など長時間の使用にも頻用されている。カテーテルの留置は、血小板減少や凝固系に異常がある場合は血腫の危険性が、感染がある場合や長期留置では膿瘍の危険性がある。

脊髄くも膜下麻酔は、くも膜下腔に局所麻酔薬を注入することによって、主に下半身の無痛・運動麻痺を得る麻酔である。

手術部位は下腹部から下肢、手術時間は2時間程度までと制約されるので、適応となる手術は限られる。術中も患者の意識は保たれるが、薬剤注入後直ちに血圧低下や呼吸抑制がおきることがあるので、患者のサインを見逃してはならない。

ブロック・局所麻酔は、標的神経や部位に局所麻酔薬を注入することによって神経支配領域や局所の鎮痛を得る麻酔である。

単独のブロックや局所麻酔は各科で行われるが、ブロックを併用した全身麻酔は術中の麻酔薬の使用量を減少させ、術後の疼痛緩和にも役立つ。最近はエコーガイド下ブロックおよび電気刺激によって、確実なブロックが施行されるようになってきている。



V.麻酔薬

1.麻酔で使用する薬剤には、麻酔導入薬や揮発性麻酔薬、筋弛緩薬、麻薬、向精神薬な

どがあり、適切な管理が必要である。


(解説)

麻酔法も含めた術式に特化したセット(開心術セット、新生児セットなど)や救急セットなどを定数化して配備したり、定数化して保管されている薬を麻酔科医のオーダーのもとに看護師が準備する方法などがある。いずれも定数化は薬剤師によって管理されることが望ましい。

セボフルランやイソフルランなどの揮発性麻酔薬は、ボトルで定数配置されているので、毎日本数の確認が必要である。

筋弛緩薬は毒薬として施錠することが義務づけられている。麻酔の導入・維持などに頻回に使用されるため、施錠して管理することは業務上難しいが、その日の責任者が鍵の管理を行うなどで対応しなければならない。

塩酸モルヒネやフェンタニル、レミフェンタニルなどの麻薬や静脈麻酔薬の塩酸ケタミンは、施錠で管理し、残量の記載とともに残量・アンプル・バイアルは薬剤管理者(薬剤部)へ返還しなければならない。残量をこぼしてしまったり、アンプルを破損してしまった場合には、麻薬及び向精神薬取締り法に従った確認とともに書類の提出が必要となる。またドロペリドールやミダゾラムのような向精神薬やペンタゾシンやブトルファノールのような麻薬拮抗性鎮痛薬は定数配置であっても施錠して管理しなければならない。


         表4 薬剤の種類および管理方法                   

麻薬および麻薬に準じた薬剤                   薬剤の管理方法

塩酸モルヒネ                   施錠管理

フェンタニル                     アンプル・バイアルをチェック

レミフェンタニル                   使用量・残量の確認、記載

塩酸ケタミン                    管理者へ返還

向精神薬

ドロペリドール                    施錠管理

ブトルファノール                   アンプル・バイアルをチェック

麻薬拮抗性鎮痛薬          

ペンタゾシン          

ブトルファノール        

筋弛緩薬

パンクロニウム

ベクロニウム

ロクロニウム



2.薬剤の間違い防止対策は必ず実施する。


(解説)

麻酔に用いられる薬剤は、効果が直ちに出現し、循環や呼吸状態の変動を起こしやすい。誤投与は絶対にあってはならない。予防するための手段として、アンプルやバイアルから薬剤をシリンジに吸引する場合、そばにいる人に確認してもらう。吸引したシリンジには薬剤名が記載された色つきラベルを添付する。希釈した薬剤は必ず濃度を明示したものをシリンジに添付する、などの対策が有効とされている。必ず実施しなければならない。



W.麻酔器

1.麻酔器を使用する前には、麻酔科医の責任において、以下に示す「麻酔器の始業点検4)を行う。


(解説)

麻酔器は、ガス供給部分と呼吸回路部分から成り立っている。安全機構は備わっているが、それで安心することなく点検・整備等は確実に行わなければならない。始業点検のチェックリストを作成し、記録を保管することが薬事法により必須となっている。

この始業点検の対象となる麻酔器は、セルフチェック機構を持たないものとするが、セルフチェック機構を持つ麻酔器に対してもその器機の点検指示に従ってチェックを行う。

@補助ボンベ内容量及び流量計

A補助ボンベによる酸素供給圧低下時の亜酸化窒素遮断機構およびアラームの点検

B医療ガス配管設備(中央配管)によるガス供給

C気化器

D酸素濃度計

E二酸化炭素吸収装置

F患者呼吸回路の組み立て

G患者呼吸回路、麻酔器内配管のリークテスト及び酸素フラッシュ機能

H患者呼吸回路のガス流

I人工呼吸器とアラーム

J麻酔ガス排除装置

それぞれの項目の詳細は、麻酔科学会から出されている(2003年8月15日掲載)「麻酔器の始業点検」を参照のこと。なかでも重要なAとGについて記載する。

 

<補助ボンベによる酸素供給圧低下時の亜酸化窒素遮断機構およびアラームの点検>

酸素供給圧が低下すると、アラームが鳴り、亜酸化窒素の供給が遮断される。また酸素流量の低下とともに亜酸化流量も低下し、酸素流量が0となると同時に亜酸化窒素も0となることを目視で確認する。


<加圧テストの実施法>

患者回路のリークをチェックするには、回路に酸素ガスを流し、加圧する方法が一般的である。

A。一般的方法

患者呼吸回路先端(Yピース)を閉塞し、APL弁(pop−off弁)を閉じ、酸素を5−10L/分流し、30pH2Oの圧まで呼吸バッグを膨らませ、呼吸バッグを押して回路内圧を40-50pH2Oにする。大きなリークがある場合には圧の維持が難しく、接合がゆるい場合には接合がはずれ、接合不備を発見できることがある。呼吸バッグより手を離し、圧を30pH2Oに戻す。酸素を止め、ガス供給のない状態で30秒間維持し、圧低下が5pH2O以内であることを確認する。

B。低流量によるリークテスト

APL弁を閉じ、酸素を100ml/分程度流す。呼吸バッグを外し、呼吸バッグ接続口とYピースを両手で閉じるか、あるいは別の蛇官で接続する。回路内圧の目盛が30pH2O以上になることを確認する。圧力が上昇し過ぎないうちに酸素流量を0に戻す。この試験によりニードル弁から呼吸回路すべてにおける漏れは少なくとも30pH2Oの圧までは100ml/分以下であると判断できる(ただし、呼吸バッグ自体、呼吸バッグと呼吸バッグ接続口間のリークは、Bの方法のみでは検出できないので、Aの方法を併用する)。


また麻酔科学会では、簡便に合否の評価が行える「麻酔器始業点検チェックリスト(サンプル)」を提供している。


表5 麻酔器始業点検チェックリスト

電源コード                      電源コード、耐圧管(酸素・笑気・空気)は接続されているか

パイプライン                       ゆるみはないか

供給ガス圧力                   パイプライン圧は350-500kPaになっているか

                              (麻酔器正面パイプライン圧力計確認)

ガス流量計                     笑気・空気のガス選択はできるか

                             流量計調節ノブの操作に異常はないか(全開・全閉動作)

酸素センサー                   酸素センサーは接続されているか

                             校正はしているか

患者呼吸回路リークテスト    しっかりと接続されているか、リークテスト及びAPL弁の作動は確認したか

及び酸素フラッシュ        酸素フラッシュの流量は十分か

二酸化炭素吸収装置     吸収剤の色・量の確認はしたか

気化装置                     電源スイッチはONにしたか、エラー表示はでなかったか

                             麻酔薬の内容量は確認したか

人工呼吸器とフローセンサー  センサーチューブの接続にゆるみはないか、折れたり閉塞はしていないか

                             フローセンサーは接続されているか

人工呼吸器とアラーム     プレユーステストは、実行は完了しているか

                               アラームの作動は確認したか


2.使用後はすべてのバルブを閉じ、電源をoff(バッテリーを保持するため電源コードの接続は外さない)、パイピングは接続から外して束ねておく。


3.定期点検は、機能点検を1回/年(業者との保守契約による)につき行うこととして、

厚生労働省医療法施行令の特定保守管理医療機器として定められている。


(解説)

 定期点検は、ガス供給部分と、呼吸回路部分、麻酔用人工呼吸器について行う。目視点検(破損や変形、亀裂、位置の異常、部品の紛失・欠損、汚れなど)は年に4回以上、機能点検(作業状態でのテスト)は年に1回行う。特にガス供給部分や人工呼吸器の点検は、専門業者によっておこなわれるべきである。


4.麻酔器や麻酔中に使用した器材は適切な洗浄・消毒が必要である5、6)。


(解説)

麻酔器の内部部品(たとえばガス共通流出口、ガスバルブ、圧力調整器、流量計、気化器など)に対しては、定期的な滅菌・消毒の必要はない。しかし、一方向弁や二酸化炭素吸収装置は、患者呼気による汚染も考えられるので、二酸化炭素吸収剤交換時の定期的な洗浄・消毒が必要である。また麻酔用人工呼吸器のチューブやベローズはメーカーの指示に従った定期的な洗浄・消毒が必要である。

麻酔回路(患者とYピースとの間)にバクテリアフィルタ(ディスポーザブル製品で再使用は禁)を使用することによって、患者呼気中の微生物のブロックとともに加湿効果が得られることから、特に結核患者では有効とされている。

麻酔で使用されるセミクリティカル器具は、気管チューブや口腔内・気管内吸引チューブなどはディスポーザブルで使用するが、マスクや呼吸回路のYピース(バクテリアフィルタ装着で1週間使用後でも内腔の汚染はほとんど無いとされている)などはディスポーザブル製品であっても再使用も考慮される。その際は洗浄後、高水準あるいは中水準消毒が必要である。



X.緊急時の対応と安全管理


1.麻酔の安全管理には、看護師、薬剤師、臨床工学士などとの連携による周術期管理チームが必要である。


(解説)

すでに述べたように、看護師および薬剤師、臨床工学士などのコメディカルは、麻酔科医とともに、薬剤の誤投与や管理不備、麻酔関連機器の点検不良や誤作動を防止するなど、麻酔の安全管理に重要な役割を果たす。また、とくに大量出血や心停止などの緊急時には麻酔科医だけで対処することは不可能であり、普段から緊密な連携を構築し、緊急事態の発生に備え準備をしておく必要がある。緊急事態に対してチームとして的確に対処できるかどうかで予後が大きく左右される。


2.心停止は最も緊急性の高い病態で、すばやく的確に対応しなければならない。


(解説)

患者が急変する事態は、日常の手術においてもしばしば遭遇する。原因として、ヒューマンファクターによるもの(薬剤・吸入麻酔薬・輸液等の過剰投与や誤投与、不適切な気道管理や高位脊髄くも膜下麻酔への対応など)や、予期せぬ偶発症として大量出血、異常体温、薬剤アレルギーなどさまざまな要因がある。原因のいかんにかかわらず直ちに初期対応を実施しなければならないが、手術部内だけでは対応できない場合もあるので、手順を熟知しておく必要がある。

なかでも心停止は麻酔管理症例1万例に6.22例の割合で発生し、心停止後の死亡率は37.5%とされている7)。緊急の処置いかんによって予後が大きく左右されるので、的確な緊急対応が要求される(心室細動も臨床的には心停止に含まれる)。


表6 心停止の対応手順8)

   モニターのアラーム →測定エラーの確認

              頚動脈の拍動を確認

          ↓

        人員の確保

       救急薬品、除細動の準備

          ↓

       心肺蘇生ABC    

          ↓  心電図で心室細動を確認

       電気的徐細動

         3回連続(200J,200-300J、360J)、以後360Jを1回

          ↓  エピネフリン1mg静注(3-5分ごと)

               あるいはバゾプレッシン40単位(1回のみ静注)

               心室細動が持続・再発する場合は抗不整脈を考慮

       心室細動の停止

          ↓

        原因の検索

                 血液検査、胸部X-Pなど


3.危機的大量出血に対しては、手術部だけでなく他部署(輸血部など)も含めた対応が必要である。


(解説)

短時間の間に循環血液量を超えるような大量出血が起きると、血圧の維持が困難となり、患者は重大な危機に陥ることもある。直ちに外科医は止血を、麻酔科医は循環血液量の確保を、看護師は両者の対応に素早く反応しなければならない。人員の確保、バイタルサインの確認、血液・輸液製剤の確認・投与、出血量のカウント、輸液回路の加温装置の準備など、同時進行で実施することが必要である。

以下に日本麻酔科学会と日本輸血・細胞治療学会から出されている「危機的出血への対応ガイドライン」の要約を提示する。

      

表7 危機的出血への対応ガイドライン9)

危機的出血発生

        ↓

     統括指揮者の決定   → 輸血管理部門

     非常事態宣言        同型・適合血在庫量

        ↓         麻酔科医

輸液・輸血    手術       術者との対話

 応急処置     マンパワーの確保

            ↓       麻酔科責任医師への連絡

           手術方針決定   血液製剤の確保

            ↓       静脈路の確保

           再手術      輸液・輸血の実施

                    検査・投薬・記録

                   外科系医師

                    麻酔科医との対話

                    出血源の確認と処置

                    予想出血量の判断

                    術式の検討

                    診療責任医師へ連絡         

                    家族への連絡

                   看護師

                    出血量測定・記録

                    輸液・輸血の介助

                   臨床工学技士

                    急速輸血装置、血液回収装置の準備・操作

       ↓

   非常事態宣言解除

   

4.緊急時には適合血を選択し、輸血することもありうる。


(解説)

輸血は原則、同じ血液型の血液が用いられるべきであるが、緊急を要し、直ちに輸血を行わなければならない場合、より適合性の高い血液型の血液(>で示す)を輸血することもありうる。適合試験未実施の血液あるいは異型適合血の輸血は、麻酔科医と術者など2名以上の医師による合意で実施し、診療録にその旨を記載する。

    

表8 緊急時の適合血の選択

患者血液型   赤血球濃厚液   新鮮凍結血漿  血小板濃厚液

    A       A>O        A>AB>B     A>AB>B

    B       B>O        B>AB>A     B>AB>A

    AB     AB>A=B>O   AB>A=B      AB>A=B

    O         Oのみ        全型適合      全型適合



Y.術中患者管理

1.術中は患者のバイタルを頻回にチェックし、変動はできるだけ最小限にとどめる。


(解説)

麻酔科医は、手術や麻酔による患者の呼吸・循環・体温・代謝などのバイタルの変動をできるだけ最小限にとどめることが必要で、患者の全身を管理するうえで最も重要なことである。モニターに表示されたデータを読み取るとともに、目視や聴診、時には患者に触れてチェックすることも大切である。

呼吸管理においては、胸郭が十分上がっているか、換気量・呼吸回数・PETCO2の数値とその波形など、適正な換気が行われているかを頻回にチェックする。特に人工呼吸開始時は適正換気の確認を、体位変換後はチューブの位置のずれを、目視・聴診・モニターで確認する。

循環管理では、血圧・脈拍数・心電図による異常波形などをチェックする。体位変換や大出血、低換気、異常体温などによって循環動態は大きく変動するので、5分間隔だけでなく変化に先んじたチェックが必要である。

体温管理においては、低体温・高体温の原因は何かを究明しつつ、対応が後手にならないよう温風式での加温や循環式での冷却をおこなう。その際急激な対応で、患者が熱傷や皮膚損傷をおこす原因ともなるので注意が必要である。

代謝関連では、血液量や輸液量、体温等によって生体の代謝は変わってくる。尿量や出血量の多少は、術中の代謝に大きく関わってくるので、血液ガスや血液検査などのデータをもとに、全身状態を把握した対応が必要である。


2.不適切な体位による圧迫など、術後の皮膚障害の発生を予防するためにこまめなチェックが必要である。


(解説)

 術中の患者は、長時間同一体位が持続されるために術後の皮膚障害を発生することが多い10)。手術部位以外の障害は、患者にとっては理解しがたく想像以上の苦痛を伴う。術中、体圧が高くなる部分(仰臥位では後頭部、肩甲骨部、仙骨部など、腹臥位では前胸部、腸骨部など)は、看護師との協力のもと積極的に徐圧に勤めなければならない。



参考文献

1)讃岐美智義:術前常用薬、弓削孟文監修、麻酔と救急のために(麻酔科医の使う薬がわかる本)第6版、広島大学大学院 麻酔蘇生学教室 「麻酔と蘇生」編集部2005;p197-222。

2)Fleisher LA, Beckman JA, Brown KA, et al: ACC/AHA Guidelines on Perioperative Cardiovascular Evaluation and Care for Noncardiac Surgery. A Report of American College of Cardiology/American heart Association task force on Practice Guidelines (Writing Committee to Revise the 2002 Guidelines on Perioperative Cardiovascular Evaluation for Noncardiac Surgery). J Am Coll Cardiol 2007; 50: e 159-241

3)山田達也、武田純三:ACC/AHA非心臓手術患者の周術期心血管系評価と管理ガイドライン。臨床麻酔2008;32(3):556-566。

4)(社)日本麻酔科学会ホームページhttp://www.anesth.or.jp/:麻酔器の始業点検。2003.8.15掲載

5)American Society of Anesthesiologists: Recommendations for Infection control for the Practice of Anesthesiology ( second ed.).1998

6)西村チエ子:麻酔業務と感染予防。臨床麻酔2004;28(増):482−491。

7)入田和男、川島康男、厳 康秀、瀬尾憲正、津崎晃一、森田 潔、他:「麻酔関連偶発症例調査2002」および「麻酔関連偶発症例調査1999-2002」について 総論。麻酔2004;53(3):320-335。

8)北川裕利:救命先決!手術室緊急対応の最重要パターン、心停止OPE NURSING 2005;20(7):676-680。

9)(社)日本麻酔科学会ホームページhttp://www.anesth.or.jp/:危機的出血への対応ガイドライン。2008。3.15掲載

10)西村チエ子、西原三枝子、松本あつ子、三橋真紀子、森田孝子、窪田茂男、他:術中の体圧と皮膚温の経時的変化からみた皮膚障害発生の可能性の予測。日本手術医学会誌2006;27(2):99-104。



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